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元主人じまん だぜ

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ワンドロに投げたものです。他にもあるの!!ほんとにいろいろあるの!!!
最初は「畠山政長って誰・・・」だった私も勉強すればするほど、アニキの元主人が政長さんで良かったって思います。畠山義就でも細川勝元でも山名宗全でもダメ、やっぱり政長さんの佩刀にはなるべくしてそうなったんだろうと思わずにいられません。
それにしてもそばにあったのが薬研だったからよかったものの、茶碗とかだったらそれこそ格好つかないよね。私もアニキを茶碗って呼ぶのはイヤだな!?

今日見た花の乱の続きでは、初めて笑顔を見せてた。摂津から戻ってきて戦に速攻参加できる嬉しさで。根っからの室町武士だこの人…しかも、頭が上がらない相手であろう勝元が理屈にまかせた理論をぶっちゃけたところにビシッと進言してて、もうあの山伏衣装で激おこだった政長さん(可愛い)はもういなかった…まあこっちはドラマですけど実際はさらにかっこいいんだろうなって思います。

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大河ドラマ「花の乱」を観ています その2

DVD5巻に突入しました。ここでようやく、政長さんのターンです!!煮え湯飲まされてばっかりだけど…
政治的な思惑に翻弄されて、管領の地位も館も失ってしまう政長さん。正月でしか拝めない礼服の色合いが素敵である。政長さんが将軍にそでにされている中、当の将軍は義就たちと雪合戦…もう義就のもみあげ剃り倒したい(#^ω^)
でもその義就も、「政長が承知するならワボりたい」って言うし…頂点は常にひとりでなければならない家督争いがつらいですね。
そして正月といえば、先日も訪れましたが、上御霊神社の戦いです!!ついに上御霊きたー!!!!!

政長さんが太刀の手入れしてるー!!誰?その乱れ刃の太刀誰?実装いつ??つーかLINEやってる!?
手入れをした太刀で「えいやー!!」と素振りする政長さん。きっとそれをそばで見てたであろうアニキ。アニキの目が輝く戦がもうすぐだ!
特筆すべきはアニキの拵えである。
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めっちゃ派手。朱塗りに金細工って…政長さんの気合いがうかがえます。

アニキも言ってますが、この回の政長さんは今まで以上に室町武士らしいヒャッハーぶりを発揮してて、部下たちもやっぱりヒャッハーで、まさに戦闘民族っていうかサイヤ人っていうか…とにかくかっこよかったです。

結構端折られるかと思ったらちゃんと上御霊の戦いを尺とってくれてた。
あの神社のあたり、昔は森だったんだなあ…当時の戦っていうものが映像で見られてよかった。現代の感覚だと目を覆いたくなるけど、政長さんたちは武家。それが一生の仕事だし戦いは人生だし生きる事は戦う事、っていうのがもう身についてるんだなあ。

で、多勢に無勢で、政長さんたちは逃走せざるを得なくなります。
鏑矢のエピソードは見事に端折られてしまった。あァんまりだァァァ〜〜

かくまった細川勝元の考えた手は政長さんたちを自分の領国に逃がす事、なのはいいのですが。

政長さん、山伏の格好してる。

ここにきてまさかのカカカ!!!!そんなカカカコスプレで勝元に不服申し立てる政長さんはカッコいいを突き抜けてもはや可愛い…
それにしても政長さん、勝元に頼り過ぎである。
あと、戦略のほとんどが「建物に火をかける」っていうのはいくらなんでもやけくそすぎないだろうか。大丈夫、政長さんにはアニキがついてるから!
相国寺合戦は政長さんが大活躍する戦いだけど端折られない事を祈りながら18話に続く!!

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大河ドラマ「花の乱」を観ています その1(※畠山政長好きの視点で語ります)

図らずもお彼岸は政長さんウィークになってしまいました。

「花の乱」は1994年度のエネッチケー大河ドラマです。政長さんの死後501年後の作品という何かの因縁を感じずにいられないッ!!
主人公は日野富子。足利義政の正室の女性です。しかもキャストが超豪華。野村萬斎=細川勝元とか、富子(少女)=松たか子とか、義政(19)=市川海老蔵とか、小林幸子も出てるし、何というか気合いがスゴい…のに、室町時代がマイナーなおかげであまり視聴率は伸びなかったらしい…

もちろん我らが政長さんも出てきます。キャストは赤羽秀之さん。とってもイケメンである。とってもイケメンである。とってもイケメンである。
このサイトはアニキ中心サイトなので、政長さん寄りでの感想になります。政長さんはどっちかといえば主役サイドに敵対する立場なのですが…ネタバレも多く含みますのでこれから観ようかな、という方はご注意下さい。

まず第1話。
開始4分で政長さんが登場する。その腰元にはしっかりアニキ(多分)。この時の政長さんのポジションは「宿老」。多分22歳くらいです。22歳で幕府のナンバー5以内のポジションに就いているなんて政長さんスゴいよぉ!!
なにやら、政治の難しい話をしています。台詞の歯切れもいいです。そんな難しい言葉で喋ったら通常の人間なら途中で盛大に噛みます。
多分この時のアニキは…

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寝てる。

あと、みんなで能を観覧するシーンでも政長さんが登場します。
能といえば、この間おすすめしていただいた、世阿弥を題材にした「華の碑文」っていう小説がスゴく面白くて…最後のほう泣いちゃったよね。雅なことはよくわからん、とか言ってる場合ではなかった。

でも多分、この時のアニキも…
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寝てる。

そして第5話にして、戦支度の政長さんが拝めます!!鎧着て馬乗ってるゥゥゥ〜〜カッコイイ〜〜〜〜〜!!!
このあたりまでに富子の出生の秘密とか幕府に鍋まく陰謀とか色々あってそれはそれで面白いんですけどもともと政長さんが観たくてこのドラマを観はじめた私、リプレイ!せずにいられない!
このときのアニキは普段着からちょっと派手な刀装にお着替えしています。軽歩兵並から投石兵特上くらいです。わかるぞ、アニキの血がたぎっているのが!!

アニキに限らずですが、このドラマを観ていると室町武士というものがいかにヒャッハーなのかわかります…たとえば山名宗全の配下の武士たちとか、戦でケガするとか死ぬとか全然怖がってなくて、「次の戦はどこでございましょうか!!!???」とかキラキラしているのです。
「儂らだけでも充分ですわい」「いやいやワシの出番も残しておいてくれよ」等のとりあえずよくわからないけどめっちゃ戦好きで強そうなオーラがいっぱい出てます。山名宗全にかぎらず他の武家(もちろん畠山家も)も同様でしょう。
アニキの血がたぎる背景はこの時代を通じて造られたのかもしれない…

で、この時の政長さんが何をしていたのかと言うと。

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宿敵、畠山義就の家にカチコミどころか討ち入りに行っていました。(テレレー♪ テレレー♪ ←あのテーマ)

しかも、義就とその父(政長さんにとっても養父)が御所で義政将軍に「お前ら仲直りしろよ」「ですよね、やりすぎでした。善処します」とかそういう会話を交わしていた矢先に、予告無しに。
私のこれまでの政長さんのイメージって、結構ジョナサン・ジョースターだったんですが…政長さんもこのドラマに於いては、紳士というよりはヒャッハーな室町武士だったってこと……

これ、ドラマだけ観たら勿論政長さんが何してくれとんねん、という感じではあるのですが、政長さんの生い立ちを鑑みたらこうなっちゃってもしょうがないかなって気がするんです。
次期当主に、とわざわざ政長さんを養子に迎えた養父が、側室だか娼婦だかに生ませた子供(義就)を「自分の子供のほうがかわいいからこっちが跡取りな」と勝手に変更して政長さんが7歳くらいの時に義就を引き取る。で、こういう場合政長さんはどうなるのかというと、あっちこっちの家をたらい回しにされた挙げ句出家でしょう。本人としてはたまったものではないだろうし、先に兄である弥三郎さんが政長さんが17歳の時に亡くなっているので、彼の思いを継いだ、という側面もあるのかもしれません。
また、彼の周囲には義就ではなく政長さんを次期当主に据えたい、と考える家臣たちも多く、さらには両名をそれぞれ支持する有力な大名のバックグラウンドなどもあり…畠山家の内紛は政長さんと義就だけの問題ではないところがややこしいところのようです。
私も半年間勉強していますがいまだに全貌が掴めません\(^o^)/

話はアニキに戻りますが。
大体いつ頃から政長さんの佩刀になったのか、という謎が尽きないんですよね。
もともと、畠山家に伝わっている吉光であったとするならば、まず兄の弥三郎が佩刀していたはずですが来歴に政長さん以前の畠山の名前は存在しません。また、「畠山家」そのものに伝わる名刀であれば、義就が幕府の名の下に畠山家の家督を継承したときに吉光は義就のものになってしかるべきです。
しかし、あくまで史実は、「薬研藤四郎の主は畠山政長である」としています。
つまりは、「畠山宗家当主」でも「尾州畠山家当主」でもなく、アニキは「畠山政長」の佩刀として存在していたのかもしれません。
その出会いについてはスゴくドラマチックな想像してますが、うーん、そのうち描ける時が来るのだろうか……

以上の事を想像しながらお話が進んでいきますが、政長さんは8話以降しばらく出てきません。どうやら、義就と合戦したりして忙しいらしい。再登場は15話くらいです。
再登場する頃には義就が目指していた管領職にあっさり就いていますが、宿老だった頃と着物が変わっていないのはどういう事だ!笑

ちなみに将軍の神社の参詣にお付き合いしたり等、相変わらずアニキの眠気を誘う仕事をされている。

ここで、そろそろ応仁の乱直前まで話が進んでいます。
山名宗全と日野富子が結託したくだりを受けての政長さん

「日野富子の色香にでも惑わされたか」

俗い!!政長さん俗い!!!!!数年間大阪の山で合戦したのち幕府のナンバーツーに就任したというヘヴィな生活送ってるわりに、何ごともなかったかのように登場するさわやかイケメンでありますが、急に変な事言うから萬斎勝元にもスルーされる始末。
あんまり語れませんでしたが、細川萬斎もすっごくかっこいいです。陰陽師っぽい笑 政長さんの後ろ盾をしてて、結構タッグ組んでるので2人で登場するシーンもあって目に優しいです。
義就は…ちょっと濃すぎないかな……まずもみあげ剃ろう…

最初にも書きましたが、何せ日野富子が主人公なもので、政長さんの描写はあまり多くはなく、あっても結構あっさりしてはいるのですが、おそらくアニキが育った最初の戦場である室町時代を映像化した作品、というのは本当に貴重なのでエネッチケーありがとう、というかんじです。
まだここまでしか観ていないので続きは後日。

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畠山政長さんのお墓参りに行ってきました@大阪

はぴあわのあと、昼過ぎに撤収したので21日に行く予定だったお墓参りを繰り上げて行ってまいりました。政長さんのお墓参りは2回目です。5月に行った時はお花を供えても大丈夫そうなことを知らなかったので、今回はちゃんと阿倍野ハルカスのお花屋さんでお花を買っていく。

これからお参りに行くかたのために。最寄り駅はJR平野駅がおすすめです。JR平野駅からだと700Mくらいです。逆に市営地下鉄だとかなり歩きます。
ちなみにこの「平野駅」、平野藤四郎くんの号の由縁になった平野区でもあります!
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平野川です。
平野くんがいつ頃まで平野区にいたのかまだ調べきれていないのですが…もし1493年にもこっちにいたら。正統派な吉光でありながら戦場に出る事はなく、主に大切に所有されていた平野くんと、非常にシンプルな造りで当時無銘だったであろうけれど戦場育ちであるアニキの対比がアツいなあ… 勝元のところに乱ちゃんもいたし、意外に短刀の兄弟が近くにいるんですよね笑

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正覚寺が先に見えますので、先にお参りしておきましょう。
こちらはお花を飾る場所はないため、お線香のみ。

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ご案内の看板。

『一心に念ずる者、一願かならず成就せり』

薬研を貫くエピソードを彷彿させます。

この正覚寺、昔は町ひとつ分の大きなお寺だったようです。これ一体どうやって移動してたんだ?!っていうレベル。
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政長さんはそんな大きなお寺に陣を構えて敗戦し、この一帯も燃えてしまい、現在の正覚寺は東之坊を残すのみになりました。どんだけ大きな火事だったんだろう。政長さんが35歳のとき、京都の御所も火事になり、その時に政長さんがものすごい早さと手際で燃え盛る街から天皇家や御物を救い出した(親長卿記, 第 3 巻)という逸話があるんですが。御霊神社や相国寺に続いてほんとに火事に縁があるかたです…

さて、正覚寺を左手に見て路地を道なりに進むとすぐ政長さんのお墓があります。5月に訪れた時はもう感慨深くてド緊張しました。

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この奥に入り口。鍵はかかっていませんが、超住宅街なので静かにお参りしましょう。

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お花はキク科の紫のクジャクアスターをチョイス。花言葉は「ひとめぼれ」だそうです。知らなかった笑
お線香&ライター、お水や枯れ花を捨てるためのゴミ袋は持参しましょう。

政長さんのお墓は、2年前の写真だと藤の花が咲いていて、藤といえば藤四郎なだけにいたく感動したのですが、今年に入って切られてしまったようです。

お墓の敷地内に石碑が建っています。

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こちら、5月に撮影したものです。

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こちら、9月に撮影したものです。その伸びている植物…藤では!!!???山藤だと、地面を這うように伸びる事もあるらしいです。
政長さんの石碑を守るように伸びているさまが泣ける…
それと、石碑の上の紋に注目して頂きたいのですが、ちょっと薬研紋に似ている、ような…

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石碑の真裏はこうなっています。
私がアニキと呼んで親しんでいる刀剣乱舞の薬研藤四郎ではない、畠山政長の愛刀であった、そのころはまだ無銘だった藤四郎吉光と政長さんの間には、言葉にできない神聖な何かを感じるなあと思いました。きっと、明応の政変前後の数十年にも、後世ではあきらかになっていない真実があったりするんだろうなあ…(そのあたりの謎を解いて下さろうとしている某サイトの管理人さんを心から応援してます。)

政長さんのお墓は、墓石こそ経年劣化していますが、ゴミが落ちているわけではなくちゃんと草むしりもされていて、手入れされています。お墓ですが怖い感じではなく、葉擦れの音がさらさらと聞こえるくらい穏やかで心の休まる静かな場所です。
私も、手を合わせていろいろなことを念じましたが、政長さんにしてみたら「誰コイツ・・・」状態に違いない笑

さすがにお墓の前では撮れなかったから案内板の前で撮ってみたよ。
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そしてなぜか保育園の金網に案内ボードがある笑
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機会があればまた行きたいですが、なにぶん四国に住んでいるので/^o^\ なかなか行けなくて残念です。
この記事を読んで下さっている方でお参りする機会のありそうな方は、ぜひお花とお線香持参でお参りに行かれるとよいと思います。JR平野駅付近にいいお店もありますし。

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カフェ「マドカ」
交わした約束忘れないぜ ケーキセットでフルーツがついて来て680円だよ!タ◯ノとかだと倍しそう笑 ケーキは塩麹ミルフィーユアニキ添え。

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明石眼科もあります。中の人繋がりか!?

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前田くんのおにぎりー!!!!!!

いちにいのお覚悟が来そうなのでそろそろこのへんで笑

粟田神社からお墓参りまで、つきあってくれた妄太郎さんには感謝しかないです。しかもね、おみくじ凶のときも「粟田口の厳しさと優しさやで!」って言ってくれたり、お墓参りも親身になってくれて、ほんとにありがとう〜〜私はいい友達持ったなあ。

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畠山政長さんゆかりの地を巡ってきました@京都

京都で「相国寺」「御霊神社」、大阪で政長さんのお墓と正覚寺に行ってきました。お付き合いしてくれた妄太郎さんありがとう〜!妄太郎さんとはそれぞれ好きな武将のゆかりの地を一緒に行ったりしてるので、私も高松の屋島とか行きました(^o^)
政長さんを知ったきっかけは勿論アニキですけど、政長さんについて調べれば調べるほど、「畠山政長」という一人の武人のいきざまや彼が生きた室町時代、さらに息子の尚順に受け継がれていく物語が垣間見えるようで、いまでは一番好きな武将です。まだまだ勉強途中ですが…
そして政長さんのことを知る事は、政長さんの死を惜しんで逸話を残したアニキの片鱗を知り、ますます好きになっていくことでもあります。個人的な事ですが、作品を描く上でも重要視しています。

そんなかんじでスタートしたゆかりの地めぐり。

まずは相国寺です。
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相国寺は、御霊神社からはとても近いのですが…何故こちらを先に訪れたかといえば、政長さんがかっこよく活躍した相国寺合戦の舞台であったからです。刀剣乱舞でいえば4−4「椿寺」のしばらくあとの時系列となります。
応仁記でいえば、ちょうどこのあたりです。
蓮池合戦、政長武勇の事・その1
リンク先を参照して頂ければ私が語るより早いですが、とにかくかっこいい…ほかの一次史料ではさらに政長さんのいいエピソードが様々あるそうで、そんな諸々を踏まえてもここは政長さん好きにとってはまさに聖地です。室町時代では、5カ所のお寺が幕府並の権力と財力を持っていて、そのうちの一つがこの相国寺です。

現代の感覚だと、寺はむしろ戦いから回避されてしかるべきでは…と思いますが、当時は僧兵も重要な戦力でしたし、寺と政治は密接な関係にあったのでいやがおうでも戦いに巻き込まれてしまう、そんな時代だったらしい…。じっさい、お寺の階段は場所によっては戦用に造られているところもあったんだとかってぶっちゃけ寺で観ました笑

境内は結構広いです。静かで穏やかな雰囲気。アニキにとっては自分を携えて出陣した政長さんの初勝利の思い出の地になるのかな。

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「〜〜院」がいっぱいあるので花京院の亜種みたいに見える病やめたい笑

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木の組み方がスゴい…何の建物なのか説明見てもよくわかりませんでしたが/^o^\ あとそばに植えられてる木が南国っぽいですよね。同行した妄太郎さんが「島津が持ち込んだのかな」って予想してた。島津といえば、粟田神社でも島津の名残がありましたよ。

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木の根元に彼岸花。

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こんなかんじで、静謐でゆったりとした空気が流れています。500年前にはここで何千人もの人たちが戦って亡くなったんだなあ、と思うと不思議な感じがします。

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電柱がないから現代の日本っていう雰囲気があんまりないですね。
この先を抜けると、御霊神社が近くにあります。

御霊神社は「上御霊神社」のことです。応仁記では、ちょうどこのあたりから。
義就・政長闘乱の事

先日のアニキ5号の記事でも書きましたが、4−4の直後のできごとです。正直言うとあまり気が進みませんでしたが…結果は、行ってよかったです。

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政長さんの名前の近くに来るように撮ったぜ、アニキ。

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石碑も建ってるぜ。

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アニキ的にはあんまりイイ思い出ではなさそうだけど一緒に写ってもらいました。ごめんねアニキ/^o^\ アニキにとってはもしかして初陣の場所だったかもしれないですね。
追いつめられた政長さんが、京都の自宅に火を放って背水の陣で挑んだ最初の戦いの場所がここです。このとき、乱ちゃんの元主の「細川勝元」に助力をあおぐも、細川勝元は援軍を寄越さず、ただ鏑矢だけを贈った、というエピソードもあります。個人的には「そりゃあないぜ」と思いますが当の政長さんは「勝元どのが激励をくれた」と鼓舞されたというのだからも〜〜〜〜〜政長さん超いい人!!!

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鳥居に菊の紋。天皇家ゆかりの神社のようです。
粟田神社のあとにおまいりしましたが、粟田神社と違っていかめしい雰囲気を感じます。ちょっと怖いかんじもしました。

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でもこういう可愛い生け花が飾ってあったりする。藤棚もあったので5月頃は藤も綺麗だろうなー。近所にあるケーキ屋さんのケーキおいしかったです。地下鉄の鞍馬口駅の近くだったかな?

応仁記などで読んで想像するだけだった場所に実際行ってみると、その土地の空気が感じられてやっぱりいいですね〜。京都には4年間住んでいましたがこの辺りには行った事がなかったので新鮮でした。
ちなみに、関西遠征中は政長さんのおうちがあったあたりのホテルに泊まって、政長さんも見上げたであろう夜空を露天風呂から見上げてたりしました。

次回は、政長さんのお墓参りと正覚寺です。