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多分あんまりお目にかかる画じゃないと思いますがアニキ6号に続いて、アニキ2号が修行にいって、昨日帰ってきました。
修行前にMAX振り切るレベルでついてた桜による、打撃力や機動は修行に行くとやっぱりリセットされちゃうみたいですね。でも、帰るなり検非違使戦で早速真剣必殺キメてどうだい大将したので、アニキ2号はやっぱりアニキ2号だなって思いました。

で、アニキ2号と一緒に、歌詠集その2も届きました!
最初は「どれがアニキのパートかな?」と思って聴いていましたが、そのうちわかるようになってきて、これは、わからないほうがよかった……

かっこよすぎて!!作業にならない!!!!!!!

かっこよくて強い上に歌までうまいなんてズルいですね。更に花丸の薬研くんは可愛さまで兼ね備えているので、もう生まれた時からトップアイドルでしょうか。
とりあえず、素の声で歌うのをやめてほしい。ガチでアニキ過ぎるので今も流れてますがニヤニヤが止まりません。も〜〜アニキ〜〜〜〜〜〜

全体的に、2話のお話を踏まえての曲なので、信長さんに贈るレクイエムのようなイメージですが、この曲を聴いててふと浮かんだ事があったので書きます。前置きが長くてごめんなさい。

結論から書きます!

刀剣乱舞の薬研藤四郎の記憶は、「薬研藤四郎」という号がついたところから始まっていて、政長さんの事はほぼ記憶にないのでは?

いまつるちゃん小夜ちゃんの極を見ても、刀剣男士が逸話の集合体として具現化していることがわかります。

薬研とて例外ではなく、2通目の手紙でこう書いています。

「――切れ味に優れているが決して主を傷つけない。それが俺の背負った逸話だ。」

もし、刀剣乱舞の薬研自身に実際に政長さんの刀として彼の切腹を拒み、薬研を貫いた記憶があったなら、『俺の背負った逸話』とは書かないと思うのです。まるで他人事のように言う背景には、やはり「薬研藤四郎ではあるけれど、薬研藤四郎ではない」、逸話の具体化した姿であることがあるのではないでしょうか。
手紙からも推し量れるように、彼は信長さんの事を親鳥を慕うヒナのように見ている節も感じられます。
逸話から生まれた存在であるなら、その逸話を信じてくれている信長さんの事を、やはり薬研自身も信じているところがあったのでしょう。
そして、それ以前の、無銘の「藤四郎吉光」であったころの記憶は、親の胎内にいる頃の事のような遠いぼんやりとしたものでしかものでしかないのかもしれません。

佐藤寒山先生の「新・日本名刀百選」では、小夜左文字をしてこう書いています。

「話としては面白いが、本当は名物帳に載せている「光甫覚書」の通り、もともとは細川幽斎の愛刀で、(中略)俗にいう命から2番目といった意味を洒落て、小夜の中山をとり、小夜左文字と名付けた、歌人幽斎の気持ちがわかる。」(p200)

完全にフィクション扱い…
日本刀研究の両山と言われるサトカン先生がこう書いていますが、それでも刀剣乱舞の小夜左文字はあの通りです。それも、修行によって自分の背負った逸話と向き合って自分のものにした結果に違いありません。

 

ここで、この記事を読んでいるかたはこう思うと思います。
「でも、『柄まで通ったぞ』って言うじゃん!」

私もこの考察をしていて、そう思います。
他にも、「ぶっすりいかせてもらうぜ」とか、特の「何が来ても大将を守れそうだ」からは、かつての政長さんのエピソードを彷彿とさせます。
…のですが、この段階でもやはり、彼は政長さんの事は口にしていないのです。

これらの薬研の台詞は、記憶と関わりが無く彼自身の本能的なものが発した言葉なのではないでしょうか。
彼は本質的には「守り刀」であり、吉光の銘の入った(つまり市販された)実戦刀であり、それらの要素が彼にもともともっていた「柄まで通す」強靭さを表面化させているのかもしれません。

 

そして、安土での修行で、薬研は自分を見つめ直し、自分の背負った逸話がどういうものであるか、何のためにこの姿でここにいるのかを見つける事ができたのかもしれません。
「薬研藤四郎」ではなく、「刀剣乱舞の薬研藤四郎」として。

 

だから、修行から帰ってきた彼は言います。「生まれ変わったような気分だ」「自分にやれる事を考えてきた」と。

 

 

ちょっとだけ考察おわり。個人的に思うところ。

ここまで書いておいてなんですが、私自身はこの考察は外れてほしいと思っています。
いつか、室町時代のステージが実装されて、乱ちゃんあたりと回想が入って、それぞれの陣営の主たちについて話してほしいなと思ってます。
極薬研が本丸で言う「俺の主」に、政長さんが入っていてほしいなと思います。

それは多分私自身が、あまりにもこの1年半で、逸話を含めた薬研藤四郎そのものを好きになりすぎたせいもあります。
これまで、「刀剣の薬研藤四郎」と「刀剣乱舞の薬研藤四郎」は、私にとってまったく同じ存在だったからです。「刀剣の薬研藤四郎」のエピソード、押型、そのものがもつミステリアスさがあまりにもイメージに合いすぎていたからです。
だから、最初にアニキ6号が帰ってきた時に、あまりにもキャラが変わったように感じられて最初はとても戸惑いました。(今は慣れました)もしかしたら、修行に出る前の薬研の方が、より本来の薬研藤四郎に近いのかもしれません。
それらのことも、「刀剣の薬研藤四郎」と「刀剣乱舞の薬研藤四郎」は近いけれど別の存在なのだと考えれば、自分の中ではものすごく納得が行きます。

とはいえ、私が薬研藤四郎をきっかけに政長さんの生きた室町時代に興味を持ち、触れる事ができたのは無駄ではなかったと思いますし、政長さんの記憶があろうとなかろうと、本丸にいるアニキたちをこれからも頼りまくる事と思います。
私は政長さんとアニキたちの話を描いて、このジャンルでの活動を終わりにしようと決めていますが、その話で主人公になるであろうアニキ5号のお話も、より深く練ることができそうです。
佐藤寒山先生も、先述の本で、小夜ちゃんのエピソードはフィクションとしていますが、何故か薬研の逸話はまったくその扱いをしていませんし(p144)。

何より、元主にせよ現在の大将にせよ、「自殺なんかしたくてもさせない」と言ってくれるところが、もう記憶の有る無しに関わらず包み隠す事のない薬研の本心であるなら、彼の期待するところに真摯であることが大将にできる事じゃないでしょうか。
いやー、1年半以上ずっと色々考えたり見たりしてるけど、更にまだ考える余地があるなんてすごいなあアニキ。
本人は考えても仕方ない事だなって思考放棄しちゃってるんで、アニキたちには働いて頂いて、替わりに私がこれからも考える担当しようと思います。