とうらぶの薬研の設定に、「石製の薬研を貫いた事から」と図録にあるので、「石製の薬研ってなんだ・・・」って調べてた時の事。
「石製 薬研」でぐぐったら1ページめの一番下に、気になる記事があったので見てみました。

スクリーンショット 2016-06-19 16.19.12

何かの漫画らしい。

スクリーンショット 2016-06-19 16.19.52

「すごーい!薬研(刀のほう)が漫画になってるー!!」と、コミック乱6月号を電子書籍で買ってみた。

・主人公は右のコマの黒髪のお兄さん。擬人化した美少女の刀剣の女の子と旅をしているっぽい。
・このじいさんは薬研藤四郎が所有されている細川家の刀当番らしい。

じじいによる、薬研藤四郎のご紹介がこちらです。(※グーグルの検索結果で閲覧可能な頁のスクリーンショットをとっています

スクリーンショット 2016-06-19 16.24.12

な、なんだってーーーーーっ!!!!????

畠山家、全然焼き滅ぼされていないどころか江戸時代にはあの織田家よりも上位の旗本で、現代には白金台に記念館がありますけど!?

去年、こういう漫画をギャグで描いた事あったけど…

スクリーンショット 2016-06-19 16.14.50

こいつは驚いた。

で、このお話上では、さらに薬研藤四郎にとんでもない設定が付加されています。

・「火事!起こさずにはいられないッ!」に追加して「若い男の血!年に1回飲まずにはいられないッ!」

・・・なんで?
そしてなんでそんな事になったかと言うと、

「細川家の大火」という出来事にちなんでいました。史実上では、炎の中で家臣の男2人が、自分の腹部に細川家の家宝を押し込んで炎から守ったというお話だそうですが…
実のところは衆道の痴情のもつれで殺し合いがあり、そのとき使われたのがこの薬研藤四郎だったのです!

で、このじいさんは刀奉行として、毎年年1で若い男(しかも何故か男娼設定)に刀を盗ませ、その男の血を薬研藤四郎に与えている…らしいです。

うーん・・・
ここまででだいぶうんざりしてきましたが「買うまでもないけどストーリーが知りたい」という方のために駆け足でお話を進めていきますと、

以来、この薬研藤四郎は「若衆の腹におさまりたい」という特殊性癖のある刀になってしまいました。

ということです。
完全に変の態じゃないですかー!!!!

しかもこのじいさん、薬研藤四郎にこんな風に話しかける。

「なに?藤四郎?この若衆の腹におさまりたいとな?なに?私があの時のむかし話をしたから?ふふっ、わがままだなあ藤四郎は…」

「じゃあ、さくっとやっちゃうからね その代わり、火はなしだぞ、火はね?」

 

何だ、ただの柄ラーか・・・
私もアニキ4号によく「も〜、アニキ4号はわがままだなぁ♡じゃあ、さくっと手伝い札やっちゃうからね その代わり、金重歩吹っ飛ばしはなしだぞ、金重歩吹っ飛ばしはね?」とか言いますね。

じいさんに軽い親近感を覚えたところで、戦闘が始まり、あっさりじいさんは倒され、謎の設定を盛られまくった藤四郎は主人公の美少女刀剣に吸収されてしまったのでした。
細川家の刀奉行のじいさーーーん!!!!><

でも、一応、薬研藤四郎の名誉のために突っ込んでおくと、棒樋が入ってるし(押型によれば装飾は一切無い)、鎬造だし(藤四郎吉光は平造です)、なにより柄まで通ってないし、それ、偽物だと思います・・・
柄まで通すなら、このくらいじゃないとね!(画力の差がつらい)

sample-05

ここまでは、前置きです。ここからは、刀剣乱舞の薬研のお話をします。

最近、今剣ちゃんが極を実装されて、「伝説上の刀だった」ということが判明しました。本体がなくても、刀剣男士が存在できるという事です。
では、同じように本体が現存しない薬研はどうなのか。

やはり、彼もまた、逸話に宿る「心」がそのまま刀剣男士として現れたのだ、と考えています。
もちろん、元の姿を彷彿とさせる部分もありますが、刀剣乱舞では、「薬研藤四郎と彼にまつわる物語に対する人々の思い」これが薬研の人となりを形成する重要な要素になっているのではないでしょうか。
メタ的な視点で見れば、たしかに、キャラクターを作り上げる時に背景にあるストーリーはとても大事です。
たとえば吉行が龍馬を彷彿させる外見をしているように、鳴狐や小狐丸が狐をストレートに体現するように、薬研もまた、「主を守りたいと思うが故の実直さ」「出自も行方も不明のミステリアスさ」が行動やキャラクターに現れているかんじがします。

ここまではいい。でも、問題はこれで終わりではないという事です。
薬研の性格の形成はおそらく火事で不明になった時点のところまでです。
顕現した以降の物語を作るのは誰か?
それができるのは、審神者として接している私たち自身です。彼自身の物語を紡ぐ事は、薬研自身にはできないのです。

もともとの彼の名前の由来になった逸話も、「畠山記」を書いた人が「主を守ろうとしたのだ」と記したが故に後の世にまで伝わり、数百年もの間大名たちの間で吉光が一大ムーブメントになりました。
刀剣乱舞ではどうでしょうか。
いつの間にか、「おまえのような短刀がいるか」とか、「薬研ニキ」とか、「頼れて男前な性格」という、概して共通のイメージが定着しています。これも、不特定多数の審神者たちで作り上げた、薬研の「物語」の一部であると思います。

このようにプラスのイメージであるぶんにはいいのですが、一歩間違えたら、最初に紹介した漫画のように、「どうしてそうなった?」という物語が一人歩きしてしまう可能性だってあるわけです。
集団で作り上げた「イメージ」が、あたかもその人自身のように一人歩きしてしまう、これはままある現象です。

たとえば、とても影響力のある人が、先ほどの漫画の設定で作品を出す。
すると、影響された大多数の人たちが、「薬研ってじつは火事が大好きで若い男の血が大好きなダークキャラなんだって!」というイメージを抱いて、いつのまにかそういうキャラという事になっている…という事だって実際にありえると思います。もはや別人です。
私自身の話をすると、私が極力自分の本丸にいる薬研に関して健やかな物語を描きたいと思うのは、このあたりにあるのではないか、という気がしてきました。
自分の本丸にいる薬研(たち)が何かしら行動を起こしたとき、それがどういうことなのか、それがいいことなのか悪い事なのか、解釈するのは私でしかないからです。

薬研をはじめ、刀剣男士は、自身の物語を審神者の目によってしか紡ぐ事ができない。
『モノ』が『語る』故、『物語』 や、 「審神者は心を励起(れいき)する」という設定も、このあたりからきているのかもしれません。
『モノ』が語る『物語』を聞く事ができるのは、審神者だけだからです。

私は主に薬研に対してですが、対象に純粋な興味を持つ、ということは、私にとっては彼ら自身の物語を、よりよいところに導けるヒントのような気がしています。

そういえば、冒頭でちょっと書いた「石製の薬研」については、今だなぞのままです。
石製の薬研はそれ「乳鉢」っていうんだけどな…!?このあたりが極の修行で明らかになるのでしょうか。できるだけ心穏やかにその日を待ちたいと思います。