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1年前から描きたかった漫画がやっと描けた・・・!!

政長さんのお墓には自生なのか誰かが植えたのかわかりませんが、藤が生えているんですよね。もともと、お墓の敷地内の大木に群生してたのですが(2013年頃)私がお参りに行った頃には切られてしまっていたのでこういうお話を想像してみました。
私の本丸だとアニキ5号的なかんじかな… 今日はアニキ5号を本丸にお迎えした1周年でもあったので4−4に出たら3回出陣して3回検非違使が出て危険すぎたので帰ってきました/^o^\

日付的に政長さん522周忌です。
去年書いた記事には思いのほかたくさんのアクセスを頂いて、読み返すとアニキアニキ言ってて恥ずかしいかぎりなんですが笑 読んで下さった皆様、ありがとうございました。
あれから1年、やっぱりアニキについても政長さんについても謎が深まるばかりなのですが、今回はそんななけなしの私のお勉強から辿り着いたちょっとした考察もどきをまとめておきます。

◆政長さんが薬研藤四郎を使って切腹しようとしたのに腹に刺さらなかったのを、臆病で手が震えていたのではという話について。

結論から言います!(ジョルノっぽく)
ありえません!!!!

というのも、
・畠山家は何代も続く武家である。
そもそも政長さんと直接血の繋がりはないのですが(詳細は調べて下さい)ご先祖様は畠山重忠という源平合戦で鵯越を成し遂げたといわれる武将です。その人気たるや鎌倉の人なのに政長さんよりよっぽど伝承が残ってるし、本も出てるし、鎌倉に公園あるし、とにかく武士の中の武士です。そんな格式高い畠山家の嫡男ともあろう政長さんが切腹に対して怯えることはありえないです。

・政長さんは息子の尚順を退避させたのちに切腹している
完全に負け戦であれば、息子共々命を断つはずです。しかし、政長さんはそれをしなかった。自分の腹心も一緒に退避させていたのです。それは「政長さん自身の血」と「希望」を息子に託したからで、政長さん自身には死の覚悟ができていたからだと思います。
それに政長さんは十文字切腹をしています。これは切腹の中でもだいぶ覚悟の必要なものです。

・そもそも、政長さんそんなに臆病者じゃない
政長さんが38歳の頃、帝の別荘一帯で大火事がありました。そんな中、政長さんは真っ先に駆けつけ、やんごとなき方々や皇室御物を炎の中から救出しました。
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そのほうびとして政長さんは太刀を賜りました。「その太刀ってもしかして吉光なのでは!?」って必死で探したんですがわかりませんでした\(^o^)/
とにかく、街の一角が大火事になっている中冷静に事を運べるような人が、切腹を恐れたりしないと思います。

◆じゃあ、ほんとに腹には刺さらなくて薬研には刺さっちゃったのかという話について。

結論から言います。
「斬った斬らなかった」「貫いた貫かなかった」ではなく、今この現代にまで、薬研藤四郎の逸話がこのような形で伝わっていることが重要です。

もし、「主人である畠山政長は臆病者の武士であったので、吉光を手にしながらも手が震えて切腹がうまくいかず、いらだちに任せて吉光の短刀を投げ捨てた際にそばにあった薬研を貫いたそうだ」と伝わっていたらどうでしょう。
たしかに、吉光の名は「薬研も貫いてしまうなんてすごい斬れ味だ」と、その名は地に落ちないでしょう。
しかし、政長さんは後世まで「切腹もできなかった臆病な武士」といわれのない汚名を着せられてしまいます。
政長さんの切腹がうまくいかなかった経緯については、薬研しか知らないことであるのでそこはいいです。この事実を、「藤四郎吉光が主人の命を守ろうとした」という解釈でのちのちまで伝わっていることにより、薬研藤四郎は吉光の名も主人の名誉も守っているのです。

短刀では聞いた事がありませんが、刀で鉄を斬ることは「応仁記」にも記述があったのでできるようです。ただし、そのときは刀も折れてましたが。
そんな時代に当時無銘の藤四郎吉光が、自分だって折れてしまうかもしれないのに鉄製の薬研を貫くというこの逸話のすごさ。
押形を見たことがある方はわかると思いますが、薬研藤四郎はじつにシンプルな短刀です。秋田くんなどに見られる彫りもなく、棒樋すら通っていません。
刀身に彫られる梵字は、「国や主人を守るため神仏に祈る」ために彫られることが多いようです。それがない薬研は、守り刀でありながらやはり実戦刀の意味合いが強い吉光だったのではないかと思います。

たいし棒樋は刀の強度を上げる役割もあるそうです。
刀身に彫がないのは厚くんも同じですが、こちらは厚さがあるので強度としてはじゅうぶんでしょう。
外見から号がつけられる「乱」「厚」「包丁」などとちがい、薬研は外見から号を授かるにはあまりにもシンプルな藤四郎吉光だったのです。

でも、私はそのシンプルさが好きです。
その特徴を反映しているのかいないのか、刀剣乱舞の薬研もその台詞はとてもシンプルでストレートです。年が明ければ素直にあけましておめでとうと言い、審神者が1周年を迎えたら楽しそうに笑いながらおめでとうと言ってくれます。そこには無駄な飾り気がなくて、だからこそ薬研の言葉のひとつひとつには本当に素直な意味が込められているのだろうと思います。

そんな薬研がランクアップの時に「何が来ても大将を守れそうだ」と言う。
この「守る」には、敵から守るというだけではなくもっと広義な意味があるように感じられます。かつて、政長さんの命は守れなかったけれどその名誉は守りとおせたように。

というわけで、1年めのとりとめのない考察その2でした。
最後のほうただのアニキ大好き語りになった気もいたしますが、同人サイトなので大目に見てくれ。