モジュールの効果?今そんなのどうでもいい!!

早速あけてきました!


条件が、GA3を聖約イグゼキュターと補助でクリアだったのでこんな構図に。初華は推しなので入れました。さきちゃんがいなくてごめんね。補助以外編成NGだったんだ。
数ヶ月前に冒険の旅に出てしまった姉(新モジュール参照)をいたいけな聖徒のために呼び戻すという斬新なスタイル。フル特化されたアルトリアさんの壊死損傷を喰らうがいい!

背中にシナモンをしょった成人男性(28)が左側を全部倒し、もう1個の40体倒すは15−9で完遂させて、いざオープン!

タイトル「了承済み

承っちゃった・・・い、一体何を・・・?

この流れか!?やはり聖女は女じゃなくちゃ・・・

まあ、回想秘録もモジュールのお話も聖約イグゼキュターのはほのぼのしてたし、今回こそはついにアークナイツしてくるんじゃあないか。そんな予想もしてたんですが。

ほのぼの物語、続投!!

しかもどうやらこれはフェデリコ本人の一人称のようです。
そしてまたクレームつけられてる。どうして?あんなに働き者なのに!!

「命ある者の旅」から3ヶ月くらい経った頃みたいです。お祭りの秩序維持業務とはフェデリコってそういう仕事もするようになったんだ・・・建物爆破したり悪人を蜂の巣にしたりするだけじゃなくなったんだ・・・
しかもどうやら店の主人に変わって店番までしてた模様。売リコ・・・!?そんな平和な任務もあるんだ・・・暴動を制圧したり要人抹殺したりするだけじゃないんだ・・・

私的にはフェデリコに「店の主人が鼻をかんだティッシュです。5万円です」って言われたら財布から10万円を取り出しますが、ラテラーノんちゅにはフェデリコの顔面バフが通用しなかったのか、1つも売れなかったらしい。

ところで、アレがどうなっているのか、気になりますよね?

グッズ化していた。

さすが創造主をぶっ壊してたフェデリコがお咎め無しだったラテラーノ。おもしれー国である。


今回フェデリコが販売を担当したのも手作りアレフィギュアだったようで、しかも売れなかったからって1個買ってあげるという優しさまで見せる。えらゼキュターですね。
さらにフェデリコのフィードバックで店の店主が怒ってクレームになったようです。商品を買ってくれてフィードバックまでくれてしかも店番までしてくれた相手に対しこれとは、クリエイターの風上にも置けません。
昔、とあるジャンルの同人誌即売会を主催した時に委託参加者から「1冊も売れなかったんだけど本当に売ったんだろうな?」と封書でクレームを受け取った思い出が蘇るようです。実際は1冊売れていたし、ちゃんと頒布していたのに、往々にしてそういった事情を理解できない人間も世の中にはいるんだよなあ。おつかれフェデリコ・・・と遠い目をしながら続きを読みます。

ここからがいいところだった。

引っ張る!!未だ引っ張る!!『青』を!!!!

子フェデリコ「みんなどうして雲を青い色で描くの?」

かわいい。夏休みのこども電話相談室のようだ。
私も同じ質問をされたら光の波長の長さとか空気遠近法とかの話しか出てきませんが多分そういうことではない気がする。
でも確かに雲の周りの空は青だけど、雲自体は白だよね?まさか空はピンクだったりするのか?全員荒木飛呂彦先生のカラーセンスなのか?

というところで、「雲が青でもいい理由」については・・・
「そう見えたなら、そう表現してもいい」という心の自由をフェデリコが理解できるようになったから、かな?と思いました。これは、絶対の集合知でラテラーノ民の感情まで処理してしまうラテラーノくんと対極にある答えではないでしょうか。

これまである意味アレによって統治させられていた感覚が解き放たれた一方で、本来その状態であったら生まれるまでもなかった疑念や疑問。
アレがぶっ壊されたことによってサンクタたちははじめてある意味生きていく上では不要だった要素と向き合わざるを得なくなってしまいました。
幼い頃は無邪気に描けていた自由も、大人になり色々なことを知るにつれて、横道にそれないように、余計な疑問は抱かないように修正されていく。(その道がおかしいと気づいてあえて離れたのがアルトリアさんだと思うのですが)
ただ、「どうして」は気づかないようになっただけでずっとそこにあって、聞けば答えをくれたであろう「アレ」は誰かさんが破壊してしまったのでもうそこにはありません。

答えを無理に見つけようとする必要はない。
けれど、自分の中に生まれた疑問からはもう目を逸らさない。
誰かが用意してくれた答えを失う代わりに、彼らは自由を手に入れたのだから。


フェデリコってイグゼキュターの頃から「彼は何のために生きるんだろう」と思ってた部分がずっとありまして。何か大きな目的があるでもなく、かと言って死に急ぐようなこともせず。淡々と執行人として生きていくのだろうと思ってました。

しかし最新のフェデリコは、「生まれた疑問の答えをいつかは知ることができる、生きていれば」という結論に辿り着いたように見えます。彼の中に大なり小なりの疑問が生まれるたびに生きる理由が一つできるのです。あーよかった!!永遠のなぜなぜ期を生きるがいい。人間ってそもそも、そういうものですからね。


と、いう解釈になりました。すごいハッピーエンドだな。いいモジュールストーリーだった。この作文、本当にフェデリコが書いたの・・・?心の成長の過程が垣間見えるようだ。ご両親に読ませてあげたいですね。

余談ですがイグゼキュターのほうは、彼は彼で様々なことをもう既に「納得」している風があるので正直なところ未熟を感じたことは一度もありません。聖約イグゼキュターになっていきなりなぜなぜ期に入っちゃったのでそこんところは私にもよくわかりません。
私もこの答えをいつか得られる時がくるのでしょうか。

今日も元気になぜなぜ期。さて仕事終わったら16章やります!!