20141023

DIOさま日記『OVER HEAVEN』の感想

このDIO様日記、読んでると終盤に近づくに連れてだんだん「DIO様がんばれがんばれ」って応援したくなってくるから困る。

・DIOのお母さんについて
あんまり描かれないかと思いきや意外に引っ張った。キャラづけは完全にオリジナルっぽいですが、Dioのお母さんが気高い優しい女性だったから、DIOのお母さんも同じような性格なのもありえるかも。あのDIOやディエゴにもこんな優しくて愛情を注いでくれる存在がいたのに、何でジョルノにはそんな家族が誰もいないのにあんな風に育ったんだろうと思うと、あらためてジョルノの強さに胸が熱くなりますね。
DIOもDIOなりに少年時代を頑張って生き抜いていたんだなとわかる記録。

・14の言葉について
子守唄の歌詞だったらしい。どんな子守唄や!!
これも原作にないオリジナル解釈だけど、DIOちょっとお母さんに固執しすぎじゃないだろうか。御堂筋くんか。

・ジョルノのお母さんについて
メローネのいうところの「いい母親」だったそうだ……まあそうでしょうね。泥沼のような家庭で育った私に家族が欲しいという感情はないと言い切っちゃうDIO様頼もしい。では何故子供を作ったのかって、それもやっぱり天国の為だったそうです。たしかに、ジョルノ以外の子供たちは天国に行く為に集まってきましたね。ということは、ジョルノは唯一DIOが敷いた運命に子供たちの中で擦らなかったわけで…その辺りも考察し甲斐があります。

・プッチとDIOについて
DIO、プッチをアメリカからエジプトに呼びすぎ問題。
しかも、アメリカに帰った後すぐ電話して(時差は6時間程あるんですが…)「会いたい><」「いつでもいいからエジプト来て><」と呼び出す始末で、おまえは遠距離恋愛中のわがまま彼女か!
そして6時間の時差ぼけを気にもせず人間論をブチまくるDIOさまとつきあってるプッチ。うらやましいですね、ジョルノとブチャラティの電話の会話なんかなあ、ブローチの場所の業務連絡だけだったんだぞ!!
どういう風に書かれるのかわくわくしてた骨渡すシーンはあっさりだった。天国へついていくのはわたしのほうかもしれないっていうのにグッと来た。友情に慎重になってるって言葉を選んでるけど結構ナイーブなんですね、DIO様。
ちょっと距離はあるけど、割と友達なら当たり前のことをしてもらうと必要以上に心動かしてるのがほほえましいです。そしてやってくる55日めの日記。これはDIOプッチ的にマストな章。

『人を信じる、なんて、あまりやったことがないので、どうすればいいのか、わたしにはよくわからないけれど………』

ひゃーーーーDIO様ピュア〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜↑↑↑!!!!!あまり、どころか「全然」じゃないのだろうか…

これと同じ事をジョルノが言ったら萌え転がって私は死ぬ。

Giornoic-01『人を信じる、なんて、あまりやったことがないので、どうすればいいのか、ぼくにはよくわからないけれど………』

yattemiro
台無しやでブチャラティ!!

それはともかく、この55日めの日記はプッチが読んだら絶対泣く。間違いなく泣く。

ちなみにエンヤ婆とかにプッチの存在を知られたくなかったらしく、「こそこそつきあう必要もないのだが…」と別宅に呼び出しているDIOであった。完全に付き合ってた。
DIO様がプッチに素数を数えることを教えてもらって実行した結果はちょっと笑っちゃいました、DIO様おちゃめ〜〜〜!!!!

・DIOとジョナサンについて
そうそう、最初に読んだ時は私ジョナサンとディオが好きだったんで、スゴく気にして読んでました。執着はあるんだろうな…と思います。でも、DIOもいつまでもディオではないのだから、「ジョナサンの肉体をのっとって次のステージにいってしまった」事は事実…やっぱり、ディオとDIOは別な気がする。DIOさまが時々ジョースター家と和解するようなifを想像して書いてますが、それはさすがに弱気がすぎるしそんな事考えもしないくらいでいいような気もする。

・ディアボロのことちょっと書いてる
「引力があれば出会えるだろう」。その人、ご子息の手によってエンドレスSATSUGAIされました…御愁傷様です…あ、ちょっとだけジョルノ絡んでるね。

・天国について
これは原作でプッチが言ってた通りの解釈。DIOの思想をそのままプッチが受け継いだ…ということにOHではなってます。
このへんは、またDIOとプッチ&ジョルノとブチャラティを語る時に書きたいので省略。

最後に、各キャラの反応を想像してみました。

20141023

このサイトジョルノとブチャラティメインなので…笑

本当、この日記をジョルノが読んだらどんな風に思うんだろう…お互い情なんて介在しなさそうだからジョルノがDIO個人にたいして思うところはあまりないかもしれないけど。どこまでも自分の欲望だけの為に生きる姿を垣間みたら、自分にもそのDNAが受け継がれていることを踏まえて反面教師にしたりするのかな。あと、ジョルノ自身目の前のことで忙しすぎるから、同じように幼少時代からヘヴィな環境にいても「天国に至る」という発想を持つことすら「うらやましいな、暇そうで」と思うかもしれませんね。

プッチはまあ…泣くな……

ブチャラティはオマケですが、ブチャラティ自身は承太郎に近い考えを持つ人だからDIOとは絶対相容れないだろうと思います。うーん、でもいい人ぶりでは出会った頃のプッチに負けず劣らずだから目を付けられる可能性も… ないか!

DIOは絶対悪で弱いところなんかない!と思う人には不評なようですが私はこのお話好きです。荒木先生の描きおろしの絵もどれも素晴らしいし。ラフ画のエンヤ婆ちょっとかわいい笑 花京院の書きおろしも好きです。
それにしてもDIO様、昔からなんだかんだで仲間や部下作りたがるよね…息子たちの方がメンタル強く育ったんじゃないかな…ジョルノは勿論、ヴェルサスとか、刑務所で一人で行き抜いてたわけだしね。そのあたりも色々興味深くて面白かったです。

20141022

6部を読んだらDIOとプッチが沼い話

20141022 過去描いたDIOとプッチがASB本折り込みに描いたこれしかないぜ

こんなはずじゃなかった…こんなはずじゃ…なんか急に直下型で萌えが来た。すごい。私6部ではウェザアナが好きだったのに!!
で、DIOプッチですよ。ASBの会話がアレなのはわかってたけど、そもそもこれって原作からの台詞ですもんね。
先述の通り私はこれまで完全に徐倫側の読者だったんで、あんまり他のことが記憶になくて、再読したらまず2人の出会いに驚いた。扉絵のウェザーとプッチも深く考えると頭痛になる感じだが、その出会いに驚いた。(OHのDIO風に)

まだ15歳のプッチが、各国をスタンド使い&有人探しに飛び回ってるDIOに躓いて持ってた本をバラバラと落とし、ローソク倒しそうになる…どこのラブコメだ!!
おまけに「へえ、聖職者がこんな本読むんだ」からの「おまえ面白いな」 …どこの乙女ゲーだ!!
プッチもプッチで、見るからに怪しいDIOの言うことを疑いもしないし、そんなDIOはジョルノやブチャラティたちが命をかけて奪おうとした「矢」をいともあっさりプッチにくれてやり、「引力を信じるか?」と口説きにかかる始末。

でもDIOの性格のことだから、また利用するつもりでいたのだろう…という読者の予想もあっさり裏切られて、その後も親交は続き、DIOが「マイケル・ジャクソンのライブをテレビで見た」という衝撃の発言すらかます。あのDIOがマイコーのライブをどんな気持ちで見てたんだろう…息子さんはジェフ・ベックのファンなのでそっちもよろしく。
「なんてことない毎日がかけがえないの」と言わんばかりの2人の親密そうな空気は穏やかじゃない。ここで気になるのは、2人の出会った期間はどのくらいだったのか?ということですが、1987年に出会い、3部の年代にあたる1988年1月にDIOは死んでいるから、実際会っていた期間ってそう長くないはず。ジョルノとブチャラティよりは長いけど。
そんな長くない間に2人は親友になり、プッチは「神を愛するように」DIOを愛し、DIOは「話していて心が安らぐ」というのだからスゴい話です。

私がこの2人沼いなと思ったのは、2人で同じベッドに寝てるとか、愛している発言とか、そんな表面上のものではなくて、たったそれだけの期間にアメリカとエジプトを行き来し、語り合い、お互いを親友と認め、ついにはDIOの目指す「天国」に遺されたプッチが22年間孤独にそれだけを目指し続けているところ。
これで、DIOのノートを死後すぐにプッチが読んだのならまだわかりますが、プッチはDIOとの会話だけを糧にして22年間過ごして来たっていうのがまたすごいです。それはいったい何の為だったのか?
「結末」がわかれば「覚悟」ができる、という、自身の妹を失った過去の傷のせいかもしれないし、心底DIOの思想に同調していたのかもしれないし、あるいはどっちもでもあるかもしれないし、どっちも違うかもしれません。
最初、DIOが出会った頃のプッチは、家族に愛され、家族を愛し、裕福な家庭に生まれ、神を信じている純朴な少年に見えました。もっとも、妹とウェザーを別れさせる為に若干汚い手を使おうとするあたり、素質はあったかもしれませんが、2011年現在ほどのあくどさはなかったように思います。

DIOの心からの信頼を得る、という他の誰もなしえなかったことが、プッチのその後の人生を歪め、狂気にも似た思いであるかもわからない「天国」に駆り立てたんだなあ、と思うと、「緑の赤ちゃん」に腕を食いちぎられている時の表情などとてもグッと来て涙すら浮かんでしまいました。神に縋るように、DIOに縋っていたのかもしれません。DIOもまた、自分が死ぬかもしれないと思っていたなら、プッチに縋るような思いもあったかもしれません。

ジョジョでの「悪」の定義は、承太郎やブチャラティがその言葉の中で語った通りの定義だと思います。それなら、プッチも勿論その「悪」にカテゴライズされるわけですが、「悪」としてのプッチは許せなくても、「人」としてのプッチは私個人的にはやっぱり(6部初読の時もそうでしたが)許せないと思うことはありませんでした。どことなくプッチにも「運命の悲しさ」を感じるからかも。(SBRの大統領も「悪」かというとディアボロみたいなわかりやすい「悪」というか、「正義」のために犠牲払いすぎな部分以外は正しい人だと思いますがプッチとはちょっと違います)

そんな思いのまま、買って1回だけ読んだ「Over Heaven」をまた読んだらまたこれがウワアアー!!!!という感じだったので、また後日感想書きたいと思います。いやージョルノとブチャラティ一辺倒だったのになんてこった…でもこの萌えって多分、ジョルノとブチャラティが好きだからこそ来たものだと思います。その理由も、また後日。