かつてのジャンルとの付き合いについて考えてみた

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私の同人歴は長い。そこそこ長い。
人生の半分同人誌は生活と共にあったといっていいくらい長い。

長いとそれなりに、かつて活動した作品も増えていく。そこで考えるのがかつてのジャンルとの付き合い方だ。
時々、過去のジャンルのカップリングやキャラをまた描いて欲しいと言っていただく。そのことはとても嬉しいのだけれども、私個人としては「気持ちが動いたら」としかお返事ができない。当時の熱量のまま作品にすることはできないからだ。

 

私は気持ちが先行して作品に昇華されるタイプなので、出来上がったものの質はさておきとにかく「このカップリングが好きでたまらない私の解釈を見てくれ!!!」という勢いでこれまで本を出してきた。
なので、現状その熱量が他作品に向いている時には、たとえ当時年間10冊本を出していたようなカップリングでも無理だったりする。
「わー懐かしいちょっと描いてみようかな」と軽い気持ちで描いたところで、その時よりも基本的な画力が上がっていたとしてもなんだか無難な一枚絵くらいしか描けない気がする。
自分で自分の当時のパッションを覚えているだけに、それがさらにやるせない。

 

もちろん世の中には20年近く同じ作品に熱量を注ぎ続けることができる人もいて、熱量はそのままに研鑽を重ねて比例的に二次創作の質も上がっていく、そういう方を何人か知っている。でも私はそうはなれない。よくて2年でだいたい出し切って終わるか、自分の中で煮詰まって疲れてしまう。
ちなみに私の妹の話をすると、妹は友人が出したとあるアニメ作品の20pのカップリング本に感動して、そのカップリングの真面目な漫画を25ページ描いた。同人原稿は友達の付き合いでしか描いたことがなかったらしい。
友人は当時アニメジャンルで壁に配置されるような大手作家だったけれど、ひどく喜んでその漫画を個人誌にゲストとして掲載してくれた。
そして、妹は「描いたので満足した」と同人誌からは一切遠ざかって、今は子育てとミニチュア作りに没頭している。私よりもよほど絵が上手くて話も面白い(身内びいきじゃないです)のに、勿体無い話だけれどそういう人もいる。

そして、ジャンルが変更されてしまうことを糾弾してくる人も世の中にはいる。私も何回か女性向けのジャンルにおいて経験がある。あれは結構しんどい。
気持ちはわかる。でも、しょうがないのだ。同人作家のジャンル変更というのはある時は緩やかに、ある時は突然起こりうる。原因は様々だが、表現できる世界には限りがあるのだ。
アンソロジーやプチオンリーを企画しているとか、発行予定と称して予約金でもとっているとかでない限り、外部が糾弾すべきではないと思う。
もちろん、「また描いてほしい」という気持ちを伝えるだけなら構わない。「ああ、こんなに過去の作品を好きでいてくれたんだな」と思えて嬉しい。

私は現在、過去最長となる一つのジャンル、一人のキャラで4年間活動を続けている。まあ、薬研藤四郎なんですけど。
薬研もいつか、私にとっては過去のキャラクターになってしまうのかなと思うこともあるけれど、それを思うと悲しくなってしまううちはまだ現役なんだろうなと思う。
同人作家と過去のジャンルでの体験は、その人だけにしか積み上げることができない大切な思い出だ。
もちろん嫌なこともあるだろう。けれどもそれ以上に思い出して前向きな気持ちにさせてくれる、そんな思い出をこれからも積み上げていきたいと思う。